昭和21年 |
3月15日 |
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財団法人東京社会保険協会 設立許可 |
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4月11日 |
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協会設立登記 協会事務所(麹町区霞ヶ関1−2警視庁5階 東京都民生局勤労部保険課内) |
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昭和22年 |
9月20日 |
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協会事務所移転(千代田区丸の内3−1東京都民生局保険課内) |
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昭和23年 |
4月 |
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社会保険葛飾診療所開設 |
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6月21日 |
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協会改組認可
当時の協会支部:千代田、港、中央、新宿、上野、板橋、両国、品川、多摩(計9支部) |
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昭和24年 |
6月 1日 |
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社会保険鶯谷診療所開設 |
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7月15日 |
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東京社会保険新報第1号創刊(隔月タブロイド版2頁建) |
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昭和26年 |
11月 |
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東京社会保険新報をB5判4頁建、月刊とした(発行部数30,000部) |
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昭和27年 |
7月1日 |
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社会保険九段診療所開設 |
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昭和28年 |
5月1日 |
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健康保険保養所二子玉川園開設(宿泊定員15名、野球場1面、400メートルトラック) |
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昭和32年 |
4月15日 |
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本会本部事務所(東京都民生局保険課内)を下記に移転した
千代田区神田須田町1−8日本相互銀行神田支店内 |
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昭和33年 |
8月30日 |
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社会保険病院、診療所の経営一元化に伴い、本会の経営する病院、診療所の経営は社団法人全国社会保険協会連合会に移管された |
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昭和39年 |
4月1日 |
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社会保険麹町診療所・社会保険鶯谷診療所の経営を受託 |
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9月25日 |
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協会本部事務所を東京社会保険会館5階
(新宿区西大久保1−448)に移転 |
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10月8日 |
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社会保険麹町診療所を社会保険新宿診療所と名称変更し、東京社会保険会館内移転した |
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昭和51年 |
4月1日 |
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社会保険葛飾診療所の経営を再受託した |
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昭和60年 |
4月1日 |
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政府管掌健康保険・船員保険の高額医療費貸付事業開始 |
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昭和61年 |
2月 |
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府中支部が設立され30支部となる |
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11月 |
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健康保険二子多摩川園スポーツセンターが改修され、野球場1面、テニスコート13面となる |
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平成 3年 |
4月1日 |
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社会保険八王子健康管理センターを開設 |
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とうきょう社会保険センター八王子を開設、業務を開始 |
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平成13年 |
5月 |
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協会本部事務所をフィオーレ東京に移転し、現在に至っている |
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7月1日 |
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政府管掌健康保険・船員保険の出産費貸付事業開始 |
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平成17年 |
4月 |
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会員向け情報誌として協会だよりを創刊 |
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9月 |
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本会が主催する社会保険事務講習会がはじまる |
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平成18年 |
10月 |
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社会保険事務所の統廃合により27支部となる |
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12月 |
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東社協 フィオーレ健診センターを開設 |
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平成19年 |
10月 |
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社会保険事務所の管轄変更に伴い28支部となる |
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平成21年 |
3月 |
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国の施設整理合理化計画により、社会保険鶯谷診療所、社会保険葛飾診療所、社会保険八王子健康管理センター、とうきょう社会保険センター八王子の委託契約が解約となり、民間に売却される |
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3月 |
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高額医療費貸付事業・出産費貸付事業の委託契約が解約となる |
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平成22年 |
1月 |
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国の施設整理合理化計画により、社会保険新宿診療所の委託契約が解約となり、民間に売却される |
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2月 |
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フィオーレ健診センターに女性専用健診フロアを増設する |
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3月 |
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国の施設整理合理化計画により、健康保険二子玉川園スポーツセンターの運営を停止し、4月に委託契約が解約となる |
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4月 |
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フィオーレ健診センター受診者用保育室の運営を開始 |
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7月 |
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「社会保険新報(Web版)」のメール配信を開始 |
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10月 |
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フィオーレ健診センターをフィオーレ健診クリニックと名称変更した |
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平成25年 |
4月 |
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一般財団法人 東京社会保険協会 設立登記(財団法人の解散登記) |
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平成26年 |
8月 |
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フィオーレ健診クリニックの健診フロアを増設 |